徒然日記
プロフィール

Author:Makky
出身地:
新潟県

住まい:
愛知県名古屋市 

職業:
某新聞社にて写真記者

学歴:
米国カリフォルニア州立大学
ノースリッジ校
ジャーナリズム学部
フォトジャーナリズム学科卒業
(B.A.)

米国カリフォルニア州
サンタモニカ大学
一般教養学部卒業
(A.A)



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5年前
2000年12月17日。
今からちょうど5年前の今日、日本を発ちアメリカへ向かった。

今覚えてることは、

行きの飛行機は前回のNY留学同様、ノースウエスト。
一人で乗り込む。
相変わらずご飯がくそまじぃ。
フライトアテンダントに熱湯をかけられる。
私は運良く服にちょこっとかかっただけだったが、
後ろの席の人はぐっしょりかけられ、
機内アナウンスで緊急処置のできる医師の呼び出しがかかるほどの事故に。

そして、LA上陸。まぶしいくらいの快晴。青い空。やしの木。
これがLAです!的存在感に圧倒される。

で、そのままシャトルバスで寮へ。
初の寮生活でドキドキ・・・も、寮につくやいなや一転。
私の期待を一気に裏切る小汚い(失礼)外見に少々へこむ。

その後、ドキドキのひとつであったルームメートと対面。
台湾人のすごく優しいルームメートに恵まれる。
彼女とはお互い国へ戻った今でもよい友達。

荷物を置くやいなや、時差ぼけそっちのけで
ルームメートにくっついて(with Taiwanese 軍団)
サンタモニカ3rdストリートへ。
タイワニーズコミュニティーの中でもまれながら(もち、すべてチャイニーズ♪)、
サンタモニカプレイスをぶらつく。

プレイス内のエスカレーターで、
タイワニーズコミュが誰か友達と会う。
「この人も、寮にいる日本人だよ」と言われ、
そのパーカー&短パン(季節は12月なり)姿の一見やんちゃそうなアジア人を紹介される。
短パン野郎「名前は?」
あたし「○○○」
短「そっちは?」
あ「△△」
あ「日本のどこからきたんですか」
短「京都。そっちはどこからきたん?」
あ「新潟」
短「クスッ」
こんな会話を(英語で)した。
この時はまさかこの短パン野郎とその後長い付き合いになるとは思ってもなかった。
短パン野郎=今の相方なのだけど、最初の「クスっ」があって、
第一印象はそんなよくなかったのだ。


で、その後1週間くらいは時差ぼけが続き、寮のご飯もまずくてなかなか生活のリズムがつかめなかったんだっけ。

一旦リズムをつかんで英語にもなれて、友達もできてからはほんと楽しかった。
学校も大変だったけど、充実してた4年半だったと思う。
生まれてはじめて自分から何かやりたいと思って実行したことだったから、
勉強も楽しかった。

アメリカにいたときはいたときで、
日本が一番、アメリカは絶対「住めば都」なんてなってたまるかボケ、
って思ってたけど、
今じゃあのいい加減さが懐かしかったりもするし。
実際自分もかなりいい加減人間になっちゃったり。


あれから5年。
いろんなことがあったけど、
全ての出会い・経験はほんと一生の宝になった。
留学させてくれた両親、本当にありがとうございます。

・・・・なんてことを日本に帰ってきてからよく考えるのです。
歳を重ねるにつれ、
物思いに耽りすぎる傾向が・・・・。



☆ストリートパフォーマー@Santa Monica 3rd St.



☆シャボン玉を追いかける女の子@ Santa Monica Pier


5年前

2005-12-17 23:48:06 / Weblog



2000年12月17日。
今からちょうど5年前の今日、日本を発ちアメリカへ向かった。

今覚えてることは、

行きの飛行機は前回のNY留学同様、ノースウエスト。
一人で乗り込む。
相変わらずご飯がくそまじぃ。
フライトアテンダントに熱湯をかけられる。
私は運良く服にちょこっとかかっただけだったが、
後ろの席の人はぐっしょりかけられ、
機内アナウンスで緊急処置のできる医師の呼び出しがかかるほどの事故に。

そして、LA上陸。まぶしいくらいの快晴。青い空。やしの木。
これがLAです!的存在感に圧倒される。

で、そのままシャトルバスで寮へ。
初の寮生活でドキドキ・・・も、寮につくやいなや一転。
私の期待を一気に裏切る小汚い(失礼)外見に少々へこむ。

その後、ドキドキのひとつであったルームメートと対面。
台湾人のすごく優しいルームメートに恵まれる。
彼女とはお互い国へ戻った今でもよい友達。

荷物を置くやいなや、時差ぼけそっちのけで
ルームメートにくっついて(with Taiwanese 軍団)
サンタモニカ3rdストリートへ。
タイワニーズコミュニティーの中でもまれながら(もち、すべてチャイニーズ♪)、
サンタモニカプレイスをぶらつく。

プレイス内のエスカレーターで、
タイワニーズコミュが誰か友達と会う。
「この人も、寮にいる日本人だよ」と言われ、
そのパーカー&短パン(季節は12月なり)姿の一見やんちゃそうなアジア人を紹介される。
短パン野郎「名前は?」
あたし「○○○」
短「そっちは?」
あ「△△」
あ「日本のどこからきたんですか」
短「京都。そっちはどこからきたん?」
あ「新潟」
短「クスッ」
こんな会話を(英語で)した。
この時はまさかこの短パン野郎とその後長い付き合いになるとは思ってもなかった。
短パン野郎=今の相方なのだけど、最初の「クスっ」があって、
第一印象はそんなよくなかったのだ。


で、その後1週間くらいは時差ぼけが続き、寮のご飯もまずくてなかなか生活のリズムがつかめなかったんだっけ。

一旦リズムをつかんで英語にもなれて、友達もできてからはほんと楽しかった。
学校も大変だったけど、充実してた4年半だったと思う。
生まれてはじめて自分から何かやりたいと思って実行したことだったから、
勉強も楽しかった。

アメリカにいたときはいたときで、
日本が一番、アメリカは絶対「住めば都」なんてなってたまるかボケ、
って思ってたけど、
今じゃあのいい加減さが懐かしかったりもするし。
実際自分もかなりいい加減人間になっちゃったり。


あれから5年。
いろんなことがあったけど、
全ての出会い・経験はほんと一生の宝になった。
留学させてくれた両親、本当にありがとうございます。

・・・・なんてことを日本に帰ってきてからよく考えるのです。
歳を重ねるにつれ、
物思いに耽りすぎる傾向が・・・・。



☆ストリートパフォーマー@Santa Monica 3rd St.

performers




☆シャボン玉を追いかける女の子@ Santa Monica Pier

girl




☆観覧車@Santa Monica Pier


pier



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